幕末の偉人

河合耆三郎とは?金の帳尻で切腹させられた新選組の勘定方

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河合耆三郎とは?金の帳尻で切腹させられた新選組の勘定方

新選組で、剣ではなく帳簿を扱っていた隊士がいます。 河合耆三郎。そして帳簿のことで切腹させられました。

目次

河合耆三郎とは何をした人か

河合は新選組勘定方です。読みは「かわい きさぶろう」。

播磨国の高砂出身で、実家は富裕な蔵元(米問屋)でした。天保 9 年(1838 年)生まれ。

入隊の縁は、妹です。 大坂の商家に嫁いでいた妹が推薦して入隊しました。このため永倉新八は、後年に河合を大坂出身と記しています。

勘定方として主に隊費の経理を担い、池田屋事件にも参戦して褒賞金を受けています。

慶応 2 年 2 月 12 日——西暦 1866 年 3 月 28 日、切腹させられました。 満 27 か 28(数え 29)です。

新選組の勘定方という仕事

新選組は金で動いていました。

会津藩の御預かりとなり、隊士を 200 人規模まで抱えれば、支度金・食費・宿・武具・治療費が全部かかります。

その財源は、会津藩からの支給と、谷三十郎が大坂の豪商から引き出したような献金要請でした。

その出入りを記録する役が、勘定方です。

河合が実家の裕福な米問屋の子だったことは、おそらく偶然ではありません。 商家の経理を知っている人間が必要でした。

河合耆三郎の切腹の理由

慶応 2 年(1866 年)2 月、河合は切腹させられます。

理由については諸説あり、粛清に至るまでの背景は判明していません。

伝わっている説は、次のように分かれます。

一つ、近藤勇の妾・深雪太夫を身請けする費用の捻出が進まなかったため。 ただし深雪太夫の身請けと河合の粛清の時期が合わず、信憑性は薄いと見られています。

二つ、深雪太夫ではなく別の芸妓の身請け話が進み、それが原因で経理の失敗を起こしたため。

三つ、近藤の度重なる女性関係の浪費に、隊費管理の責任者として苦言を呈したため排除された。

四つ、何らかの理由で資金を流用していたため。

五つ、何らかの反乱工作を企てようとして露見したため。

六つ、単に私用で使い込みをしたため。

方向が正反対の説が並んでいます。 「金の不正をした」のか「金の不正を止めようとした」のか。どちらとも決められません。

確実に言えるのは、金銭にまつわる理由で隊内処断されたと後年の史料が一致して伝えている、というところまでです。

河合耆三郎の金は間に合わなかった

河合の死について、最も知られている逸話があります。

河合は切腹を免れるため、足りなくなった資金を親元から借り入れようと使いを出したと伝えられます。

ところが、たまたま実家で騒動が起きていました。 金を送るのが遅れ、その資金は河合の切腹の直後に届いたといいます。

間に合わなかったわけです。

切腹を聞いた親は激怒しました。 新選組が立てた墓とは別に、息子を供養するための立派な墓を壬生寺に建てました。

壬生寺には今も、新選組の墓域があります。 その中に、隊が立てた墓と、親が立てた墓が並んでいる。この構図が、河合耆三郎という隊士の記憶のかたちです。

なぜ河合耆三郎を読むのか

新選組の隊内粛清は、芹沢鴨山南敬助武田観柳斎伊東甲子太郎と並びます。主導権、脱走、路線、政治。

河合の死は、経理です。

幹部の女遊びの金、隊費の帳尻、実家からの送金の遅れ。 伝わっている話はどれも伝承の域を出ませんが、剣戟とは無縁の理由で隊士が一人死んだという骨格は変わりません。

組織を組織として見るなら、こちらのほうが本質に近いのかもしれません。 新選組は思想集団である以前に、金を集めて人を養う組織でした。

よくある質問

河合耆三郎は何をした人ですか。

新選組の勘定方です。播磨高砂の富裕な米問屋の子で、隊費の経理を担当しました。池田屋事件にも参戦しています。

河合耆三郎はなぜ切腹させられたのですか。

確定していません。使い込み説、近藤勇の女性関係の浪費に苦言を呈したため排除された説など、方向の異なる説が複数伝わります。

河合耆三郎の墓はどこにありますか。

京都の壬生寺です。新選組が立てた墓とは別に、切腹を聞いて怒った親が供養のための立派な墓を建てました。

河合耆三郎の実家からの金は間に合ったのですか。

間に合いませんでした。実家で騒動が起きていて送金が遅れ、金は切腹の直後に届いたと伝えられます。

河合耆三郎の年表

出来事
1838 年播磨国高砂の富裕な蔵元(米問屋)の家に生まれる
入隊時期大坂の商家に嫁いだ妹の推薦で新選組に入る
1864 年池田屋事件に参戦し、褒賞金を受ける
在隊中勘定方として隊費の経理を担当
1866 年 3 月 28 日切腹させられる(慶応 2 年 2 月 12 日)。満 27 か 28
切腹後実家からの送金が到着。親が壬生寺に供養の墓を建てる

同時期に不審な死を遂げた松原忠司谷三十郎、隊士の全体は新選組隊士、隊の歩みは新選組で扱っています。

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