YOMIMONO

幕末の偉人

時代の転換点を駆け抜けた志士・幕臣・思想家たち。その生涯と遺したものを、史実に沿って読み解きます。

阿部十郎とは?新選組の内情を語り残した元隊士

一度脱走して復帰し、御陵衛士として近藤勇襲撃に加わり、維新後は開拓使に出仕してリンゴを育てた阿部十郎。明治30年代に史談会で語った証言が、今日の新選組像を作っています。

安藤早太郎とは?通し矢の日本記録を持つ新選組副長助勤

東大寺大仏殿の通し矢で11500本中8685本を射通し当時の日本記録を樹立した弓の名手・安藤早太郎。50歳近くで新選組の副長助勤となり、池田屋の裏庭で深手を負って死んだ隊士を解説します。

服部武雄とは?油小路で二刀を握って死んだ新選組隊士

二刀流の達人として新選組の撃剣師範を務め、御陵衛士として離脱。油小路事件で一人だけ鎖帷子を着込み、塀を背に多勢を引き受けて満身二十余創で斃れた服部武雄を解説します。

平間重助とは?八木邸から逃げて消えた水戸派の生き残り

芹沢鴨と同郷で壬生浪士組の副長助勤・勘定役を務め、八木邸の襲撃の夜に一人だけ逃げ延びた平間重助。芹沢派で最後まで粛清を免れながら、その後の消息が確定しない生涯を解説します。

平山五郎とは?芹沢鴨と同じ夜に斬られた隻眼の副長助勤

花火の事故で左目を失いながら神道無念流の遣い手として壬生浪士組の副長助勤となり、芹沢鴨と同じ夜に八木邸で斬られた平山五郎。水戸派の幹部として何をしたのかを解説します。

家里次郎とは?孤立して大坂で腹を切らされた取りまとめ役

幕府側から殿内義雄とともに壬生浪士の取りまとめを任され、主導権争いのなかで孤立して出奔し、大坂で切腹させられた家里次郎。25歳で死んだ結成期の責任者を解説します。

池田七三郎とは?昭和13年まで生きた最後の新選組隊士

武士になりたくて新選組に入り、甲州勝沼で重傷を負いながら農民に助けられ、商人として昭和13年まで生きた池田七三郎。最後の隊士が口述した回顧録の意味を解説します。

加納鷲雄とは?板橋で近藤勇の正体を見抜いた元隊士

御陵衛士として近藤勇の襲撃に加わり、板橋の首実検では偽名を使う近藤を元部下として見分けた加納鷲雄。維新後は開拓使として札幌へ渡り、明治35年まで生きた元新選組隊士を解説します。

河合耆三郎とは?金の帳尻で切腹させられた新選組の勘定方

富裕な米問屋の子として新選組の勘定方を務め、慶応2年に切腹させられた河合耆三郎。切腹の理由に諸説あることと、実家からの金が間に合わなかった逸話、親が建てた墓までを解説します。

葛山武八郎とは?近藤勇を告発して切腹させられた伍長

池田屋事件で果敢に働き報奨金を得ながら、近藤勇の非行を5箇条に纏めた建白書を会津藩に提出し、和解後に切腹させられた葛山武八郎。会津出身・元虚無僧の隊士を解説します。

近藤芳助とは?弁護士になった新選組伍長(川村三郎)

新選組の伍長として会津まで戦い、取り調べでは隊士であることを隠して生き延び、維新後は川村三郎として横浜で代言士・議員となった近藤芳助。その手紙が貴重な史料になっています。

松原忠司とは?「今弁慶」と呼ばれた新選組四番隊組長

坊主頭に大薙刀という異様な姿で「今弁慶」と呼ばれ、温厚な人柄で慕われた新選組四番隊組長・松原忠司。柔術師範として上がりながら病死とも切腹とも伝わる死の諸説を整理します。

松本捨助とは?入隊を断られ続けて4年後に念願を果たした隊士

土方歳三の縁戚として近藤道場で学びながら、長男であるために入隊を断られ続け、親を説得して慶応3年にようやく新選組へ入った松本捨助。米屋として大正7年まで生きた隊士を解説します。

毛内有之助とは?「百人芸」と呼ばれた新選組の文学師範

津軽藩用人の次男として学才で身を立て、新選組の文学師範・監察を務めた毛内有之助。何でも器用なことから「毛内の百人芸」と呼ばれ、油小路で滅多斬りにされた32歳の隊士を解説します。

中島登とは?『戦友絵姿』に隊士の顔を描き残した伍長

多摩の農家から新選組の伍長となり、箱館まで戦って明治20年まで生きた中島登。同志の姿を描いた『戦友絵姿』を残し、浜松で鉄砲火薬店を開いた隊士の生涯を解説します。

新見錦とは?実像がつかめない新選組の初期幹部

近藤勇・芹沢鴨と並ぶ壬生浪士の局長だったとされながら、活動記録がほぼ残らず、切腹の日付も別人説も定まらない新見錦。史料で言えることと言えないことを切り分けて解説します。

野口健司とは?襲撃後も隊に残り、三か月後に切腹した副長助勤

芹沢鴨・新見錦らと同じ水戸派の副長助勤ながら暗殺の夜を生き延び、それでも3か月後に理由不明の切腹を命じられた野口健司。21歳で死んだ隊士の記録を整理します。

野村利三郎とは?宮古湾で甲鉄艦に斬り込んで死んだ隊士

近藤勇の嘆願で処刑を免れ、箱館まで戦い、宮古湾海戦で甲鉄艦に真っ先に斬り込んで戦死した野村利三郎。遺体を海に棄てられた26歳の隊士の生涯を解説します。

尾形俊太郎とは?消息が平成に判明した新選組の文学師範

近藤勇の信頼が厚く、会津まで従った副長助勤・尾形俊太郎。長く行方不明とされたその後半生が、2013年に子孫から寄贈された漢詩書によって明らかになった経緯を解説します。

大石鍬次郎とは?「人斬り鍬次郎」と呼ばれた新選組隊士

伊東甲子太郎を暗殺し、坂本龍馬暗殺の嫌疑で拷問を受け、明治3年に斬首された新選組隊士・大石鍬次郎。「人斬り」という異名がどこまで史実なのかを史料の性質から切り分けて解説します。

大野右仲とは?土方歳三の最期の日を書き残した箱館新選組頭取

唐津藩士から仙台で新選組に入り、土方歳三直属の添役として二股口から箱館総攻撃までを補佐した大野右仲。『函館戦記』に土方戦死の日の経緯を記録した人物の生涯を解説します。

尾関雅次郎とは?旗を持って先頭を歩いた新選組の調役

壬生浪士組の旗役として行軍の先頭を任され、近藤勇への建白書に連署し、会津から箱館まで戦い抜いて明治25年まで生きた尾関雅次郎。表に出ない役目を担った隊士を解説します。

佐伯又三郎とは?長州出身とされる壬生浪士の副長助勤

斎藤一とともに壬生浪士に加わり副長助勤となりながら、島原で殺害された佐伯又三郎。長州出身とされ吉田松陰の関係史料に同名が見える隊士について、間者説をふくむ死の諸説を整理します。

佐野七五三之助とは?幕臣取立に反対して会津藩邸で果てた隊士

神職の家に生まれ尊皇攘夷を志して新選組に入り、幕臣取立に反対して御陵衛士へ移ろうとして断られ、会津藩邸内で果てた佐野七五三之助。四人が同時に死んだ経緯と、切腹説・殺害説を整理します。

島田魁とは?新選組を明治に語り継いだ怪力の隊士

身長六尺の巨漢として知られ、箱館まで戦い抜いて明治33年まで生きた新選組隊士・島田魁。西本願寺の夜警として晩年を過ごし、『島田魁日記』を残した男の生涯を史実に沿って解説します。

篠原泰之進とは?近藤勇襲撃に加わった新選組隊士の長い後半生

新選組の監察・柔術師範を務めながら御陵衛士として離脱し、近藤勇の襲撃に加わった篠原泰之進。維新後は秦林親と改名して明治44年まで生き、キリスト教に入信した男の生涯を解説します。

相馬主計とは?新選組に幕を引いた最後の隊長

箱館で戦死した土方歳三に代わり、降伏の書状に隊長として署名して新選組の歴史を閉じた相馬主計。近藤勇の嘆願で命を拾い、新島に流され、その死まで謎の多い生涯を解説します。

鈴木三樹三郎とは?新選組九番隊組長から官軍へ転じた男

伊東甲子太郎の実弟として新選組九番隊組長を務め、御陵衛士として離脱し、兄の暗殺後は薩摩側で戊辰戦争を戦った鈴木三樹三郎。組長経験者で最後に残った生き残りの生涯を解説します。

武田観柳斎とは?時代に置いていかれた新選組五番隊組長

甲州流軍学を武器に新選組五番隊組長・軍事方まで上がり、脱退後に暗殺された武田観柳斎。嫌われ者として語られる隊士の実像と、「兵制の刷新に置いていかれた」という通説をどこまで信じられるかを解説します。

谷万太郎とは?大坂屯所を預かった新選組の次兄

谷三十郎の弟として新選組に加盟し、ぜんざい屋事件で大利鼎吉を討ち、大坂屯所の長を務めた谷万太郎。西南戦争では抜刀隊長に擬せられ、道場経営に失敗して用心棒で余生を送った隊士を解説します。

谷三十郎とは?弟が近藤勇の養子になった新選組七番隊組長

家が断絶した備中松山藩士から新選組七番隊組長まで上がり、末弟が近藤勇の養子になった谷三十郎。祇園社での不審な死、槍術師範という通説の疑いまで史実に沿って解説します。

谷周平とは?近藤勇の養子になった新選組隊士

16歳で新選組に加盟して近藤勇の養子となり「近藤周平」を称しながら、兄の死後に縁組を解消して谷姓に復した谷周平。酒色に溺れたとされる後半生と、明治34年までの生涯を解説します。

富山弥兵衛とは?薩摩から新選組に入った御陵衛士

薩摩藩士の子として新選組に加盟し、間者の嫌疑を伊東甲子太郎に取りなされて入隊した富山弥兵衛。御陵衛士として近藤勇を襲撃し、越後で捕らえられて串刺しにされた生涯を解説します。

殿内義雄とは?壬生浪士組で最初に殺された取りまとめ役

幕府の信用で壬生浪士の筆頭格となりながら、四条大橋で闇討ちに遭った殿内義雄。新選組で最初の粛清とされる一件の経緯と、近藤勇との確執の諸説を整理します。

横倉甚五郎とは?龍馬暗殺の嫌疑で獄死した新選組隊士

多摩から新選組に入り箱館まで戦い、降伏後に坂本龍馬・伊東甲子太郎暗殺の嫌疑で東京へ送検されて獄死した横倉甚五郎。弁天台場で詠んだ辞世の句とともに解説します。

吉村貫一郎とは?『壬生義士伝』の主人公になった実在の隊士

盛岡藩を脱して新選組の監察・撃剣師範となり、鳥羽・伏見で戦死したとみられる吉村貫一郎。史料から言える経歴と、子母澤寛が作った「妻子のために働く貧しい隊士」像を切り分けて解説します。

阿部正弘とは?黒船に諸大名の意見を求めた老中首座の生涯

ペリー来航のとき、幕府の最高責任者だったのが老中首座・阿部正弘です。前例を破って諸大名に意見を求め、勝海舟らを登用し、三十代で世を去った政治家の生涯を史実に沿って解説します。

有村次左衛門とは?桜田門外の変で井伊直弼を討った薩摩藩士

桜田門外の変で大老・井伊直弼を討ち取ったのは、十八人の襲撃者のうちただ一人の薩摩藩士、有村次左衛門でした。二十代前半で自刃したその短い生涯を史実に沿って解説します。

千葉周作とは?北辰一刀流を興し剣術を合理化した剣豪の生涯

玄武館を開き「技の千葉」と称された北辰一刀流の創始者・千葉周作。修行年数を大幅に縮めた合理的な指導法で幕末最大の道場を築いた剣豪の生涯を史実に沿って解説します。

江藤新平とは?日本の司法をつくり梟首された初代司法卿の生涯

裁判所を置き、司法権の独立を掲げ、政府高官の汚職を追及した初代司法卿・江藤新平。佐賀の乱に担がれ、さらし首にされた四十歳の生涯を史実に沿って解説します。

後藤象二郎とは?大政奉還を藩に建白させた土佐の実力者

坂本龍馬と手を組み、山内容堂を動かして大政奉還の建白書を出させた後藤象二郎。武市半平太を裁いた側でもあり、維新後は自由党から大臣まで進んだ生涯を解説します。

堀田正睦とは?勅許を拒まれ幕府の権威を崩した老中の生涯

蘭学を奨励して佐倉を学問の地にし、日米修好通商条約の交渉を進めさせた老中首座・堀田正睦。条約の勅許を得るため上洛して天皇に拒まれ、幕府の権威が崩れる瞬間に立ち会った生涯を解説します。

井上馨とは?長州ファイブから初代外務大臣になった生涯

イギリスへ密航し、暗殺者に斬られて畳針で縫い合わされ、初代外務大臣として鹿鳴館の時代を作った井上馨。伊藤博文の盟友であり続けた男の生涯を史実に沿って解説します。

入江九一とは?足軽の子から松下村塾四天王になった志士

長州藩の足軽の子として生まれ、吉田松陰の最も危険な計画に弟とともに賛同した松下村塾四天王の一人・入江九一。禁門の変で二十七歳で自刃した生涯を解説します。

板倉勝静とは?幕府最後の老中首座と山田方谷の藩政改革

松平定信の孫として生まれ、山田方谷を用いて備中松山藩を建て直し、大政奉還に立ち会った最後の老中首座・板倉勝静。箱館まで戦い、明治を生きたその生涯を解説します。

楫取素彦とは?松陰の妹を娶り群馬を作った長州の実務家

吉田松陰の妹二人と縁を結び、久坂玄瑞の遺した妻を後に迎えた楫取素彦。初代群馬県令として製糸業と教育の基礎を築いた実務家の生涯を史実に沿って解説します。

川路聖謨とは?ロシアと交渉し江戸城明け渡しの直前に自決した幕臣

御家人株を買って幕臣となり、実力で勘定奉行まで昇った川路聖謨。プチャーチンとの日露交渉でロシア側からも高く評価され、江戸城総攻撃の予定日に自ら命を絶った生涯を史実に沿って解説します。

和宮とは?将軍に嫁いだ皇女の生涯と江戸城無血開城

婚約者がありながら公武合体のため将軍・徳川家茂に降嫁した皇女・和宮。夫の死、江戸城無血開城への尽力、そして増上寺の墓から出た一枚の写真まで、その生涯を史実に沿って解説します。

来島又兵衛とは?高杉晋作の説得を退けて禁門の変に散った猛将

遊撃隊を率い、高杉晋作の諫めを振り切って京都へ進撃した長州の猛将・来島又兵衛。禁門の変で蛤御門に迫り、狙撃されて自刃した四十七歳の生涯を史実に沿って解説します。

清河八郎とは?新選組を生んでしまった浪士組の首謀者

幕府に浪士組を作らせ、京都で「これは朝廷の兵だ」と裏返した清河八郎。その一手が新選組を生み、本人は三十二歳で暗殺されました。策士と呼ばれた志士の生涯を解説します。

小松帯刀とは?西郷大久保の上にいた薩摩藩家老の生涯

二十代で薩摩藩の家老となり、西郷隆盛と大久保利通を使う立場から薩長同盟と大政奉還を進めた小松帯刀。維新の三年目に三十四歳で病没した生涯を史実に沿って解説します。

近藤長次郎とは?饅頭屋から亀山社中を支えた男の生涯と切腹

土佐の饅頭屋の子から勝海舟の門下へ進み、亀山社中で薩長を結ぶ武器と船の取引を成功させた近藤長次郎。単身の英国留学を企てて切腹に追い込まれた二十七歳の生涯を解説します。

久坂玄瑞とは?松下村塾の双璧と呼ばれた理論家の生涯と最期

高杉晋作と並んで松下村塾の双璧と呼ばれ、吉田松陰の妹を妻に迎えた久坂玄瑞。長州の攘夷路線を理論で組み立て、禁門の変で二十四歳で自刃した生涯を史実に沿って解説します。

前原一誠とは?松下村塾から萩の乱に散った長州藩士の生涯

吉田松陰が「誠実、人に過ぐ」と評した松下村塾の門下生・前原一誠。維新の功臣となりながら、新政府に背いて萩の乱を起こし処刑された生涯を史実に沿って解説します。

松平春嶽とは?四賢侯に数えられた福井藩主の生涯と幕政改革

橋本左内を登用し、一橋慶喜を推して安政の大獄で謹慎させられた福井藩主・松平春嶽。政事総裁職として参勤交代を緩め、最後は徳川の軟着陸を図った生涯を解説します。

水野忠邦とは?天保の改革を断行して失脚した老中の生涯

倹約令・株仲間解散・人返し令・上知令。江戸幕府の立て直しを掲げて天保の改革を断行し、わずか二年余りで失脚した老中・水野忠邦。その改革の中身と挫折を史実に沿って解説します。

桃井春蔵とは?「位の桃井」と呼ばれた士学館の四代目

江戸三大道場のひとつ士学館を継ぎ、武市半平太や岡田以蔵を門下に持った四代桃井春蔵。鳥羽・伏見の開戦前に幕府軍を降り、晩年は神職として剣を教えた生涯を解説します。

鍋島直正とは?日本初の反射炉と蒸気船を作った佐賀藩主

借金で破綻寸前の佐賀藩を立て直し、日本で最初の実用反射炉と国産蒸気船を作らせた藩主・鍋島直正。技術で藩を変えた閑叟の生涯を史実に沿って解説します。

男谷信友とは?幕末の剣聖と呼ばれた講武所の総帥

読み方は「おだにのぶとも」。試合を一度も断らず、勝っても一本は相手に花を持たせたと伝わる直心影流の達人。竹刀の寸法を統一し、流派を越えた試合の土台を作った幕臣の生涯を解説します。

小栗忠順とは?横須賀造船所を作り斬首された幕臣の生涯

遣米使節としてアメリカへ渡り、横須賀製鉄所を起工し、最後まで抗戦を主張して罷免された勘定奉行・小栗忠順。新政府軍に捕らえられ斬首された生涯を史実に沿って解説します。

大鳥圭介とは?医者から幕府陸軍を作り箱館まで戦った男

播磨の村医者の子として生まれ蘭方医を志し、洋式兵書の翻訳から幕府陸軍の中核となった大鳥圭介。五稜郭で降伏し、赦免後は技術教育の道を歩んだ生涯を解説します。

大浦慶とは?日本茶の輸出を開いた長崎の女性商人

開港前の長崎からオランダ人に茶の見本を託し、イギリス商人からの大量注文を九州中の茶をかき集めて成立させた大浦慶。日本茶輸出の道を開いた女性実業家の生涯を解説します。

斎藤弥九郎とは?練兵館を開き木戸孝允を育てた「力の斎藤」

越中の農村から江戸へ出て道場・練兵館を開き、桂小五郎(木戸孝允)を塾頭に据えた神道無念流の剣客・斎藤弥九郎。長州の志士が集まった道場を築いた生涯を解説します。

榊原鍵吉とは?剣術を見世物にして生き残らせた最後の剣客

廃刀令で剣術が滅びかけた明治初期、撃剣興行という見世物で剣を食える仕事にした直心影流の剣客・榊原鍵吉。兜割りで知られる「最後の剣客」の生涯を史実に沿って解説します。

柴田是真とは?漆で鉄や陶器に見せた漆芸家の生涯と技法

和紙に漆で描く漆絵を確立し、漆で鉄や青銅の質感を模す変わり塗りを生み出した柴田是真。江戸に生まれ、帝室技芸員として明治を生きた八十四年の生涯と技法を解説します。

島田虎之助とは?勝海舟に剣と禅を教えた直心影流の剣客

豊前中津から出て江戸で男谷信友の高弟となり、浅草に道場を開いた島田虎之助。勝海舟の剣の師であり「剣は心なり」と説いた剣客の、三十八年の生涯を解説します。

島津久光とは?藩主にならず薩摩を動かした国父の生涯

藩主にならないまま薩摩の実権を握り、率兵上京で幕政改革を迫った島津久光。生麦事件と薩英戦争を招き、維新後は西郷や大久保の改革に最後まで反発した生涯を解説します。

品川弥二郎とは?トコトンヤレ節を作り選挙干渉で辞めた男の生涯

松下村塾から戊辰戦争を戦い、行軍歌「宮さん宮さん」を作ったと伝えられる品川弥二郎。内務大臣として史上最悪の選挙干渉を行い辞任した、その振れ幅の大きい生涯を解説します。

高橋泥舟とは?幕末三舟に数えられた槍の名手の生涯

勝海舟・山岡鉄舟と並んで「幕末三舟」に数えられる高橋泥舟。徳川慶喜の恭順を最後まで支え、維新後は一切の官職を断って生きた槍術家の生涯を史実に沿って解説します。

高島秋帆とは?西洋砲術を日本に持ち込み冤罪で幽閉された男の生涯

アヘン戦争の報に驚き、日本初の西洋式砲術演習を徳丸原で行った長崎の砲術家・高島秋帆。政敵の嫌疑で十年以上幽閉され、黒船来航後に赦免されて幕府の砲術教官になった生涯を解説します。

滝沢馬琴とは?二十八年かけて八犬伝を書いた戯作者の生涯

『南総里見八犬伝』を二十八年かけて完結させ、約四百七十種の著作を残した戯作者・曲亭馬琴。原稿料で生計を立てた江戸後期の作家の生涯を史実に沿って解説します。

天璋院篤姫とは?薩摩から大奥に入り徳川家を守った生涯

薩摩の分家に生まれ、島津斉彬の養女として13代将軍・徳川家定に嫁いだ篤姫。夫の死後は天璋院と号し、実家が攻め寄せる側になっても徳川家の存続に力を尽くした生涯を解説します。

徳川家慶とは?ペリー来航の十九日後に死んだ十二代将軍

天保の改革を水野忠邦に委ね、阿部正弘を抜擢した十二代将軍・徳川家慶。ペリー来航のわずか十九日後に世を去った、幕末の入口に立つ将軍の生涯を解説します。

東洲斎写楽とは?十か月で消えた謎の浮世絵師とその正体

寛政6年から約十か月だけ活動し、百四十点余りの役者絵を残して消えた浮世絵師・東洲斎写楽。正体をめぐる諸説と、海外で先に評価された経緯を史実に沿って解説します。

タウンゼント・ハリスとは?ペリーとの違いと日米修好通商条約

軍艦で開かせたペリーに対し、下田の寺に腰を据えて交渉だけで通商条約を結んだ初代アメリカ総領事タウンゼント・ハリス。唐人お吉の俗説や墓、死因まで史実に沿って解説します。

山田顕義とは?戦場から法典編纂へ転じ大学を作った男の生涯

松下村塾の最年少級から戊辰戦争を転戦し、維新後は司法大臣として民法・商法を編纂した山田顕義。日本大学と國學院大學の創設者でもある四十七年の生涯を解説します。

山岡鉄舟とは?西郷隆盛に単身談判した幕末三舟の一人

敵軍の陣中へ一人で乗り込み、西郷隆盛から慶喜の助命を引き出した幕臣・山岡鉄舟。剣禅一致を説いて無刀流を開き、明治天皇の侍従を十年務めた生涯を史実に沿って解説します。

山内容堂とは?鯨海酔侯と呼ばれた土佐藩主の生涯と大政奉還

分家から土佐藩主となり、土佐勤王党を弾圧し、そして徳川慶喜に大政奉還を建白した山内容堂。酒を愛し「鯨海酔侯」と自称した藩主の生涯を史実に沿って解説します。

山崎烝とは?新選組の監察を務めた記録の薄い隊士

新選組で情報収集と監視を担う監察を務めた山崎烝。鍼医の子とされ、生年も最期も確定していない隊士について、何が史料で言えて何が伝承なのかを切り分けて解説します。

吉田稔麿とは?池田屋で消えた松下村塾の四天王

読み方は「よしだとしまろ」。身分の外にいた人々を兵に組もうとした松下村塾の異才が、二十三歳で池田屋事件に消えるまで。最期の諸説も含めて史実に沿って解説します。

由利公正とは?日本初の政府紙幣を作り銀座を煉瓦街にした男

福井藩の財政を藩札と生糸で立て直し、坂本龍馬に見込まれて新政府の財政を担った由利公正。太政官札の発行と銀座煉瓦街の建設を手がけた生涯を史実に沿って解説します。

橋本左内とは?安政の大獄に散った福井の俊英の生涯と名言

数え15歳で『啓発録』を著し、福井藩の藩政改革と将軍継嗣問題に奔走した橋本左内。満25歳で安政の大獄に処刑された俊英の生涯と、その言葉を史実に沿って解説します。

伊東甲子太郎とは?新選組を割って油小路に散った理論家を解説

学識と剣を備えて新選組の参謀となりながら、勤王の志ゆえに袂を分かった伊東甲子太郎。御陵衛士を組織し、油小路で謀殺されるまでの生涯を史実に沿って解説します。

河井継之助とは?長岡藩を率いてガトリング砲で戦った男を解説

小藩・長岡を率い、武装中立を掲げて新政府と交渉し、決裂すると最新兵器で戦った家老・河井継之助。北越戦争での奮戦と、傷を負って山を越え41歳で果てた最期を史実に沿って解説します。

松平容保とは?会津藩主が背負った京都守護職と悲劇を解説

京都守護職として尊王攘夷派の取り締まりを担い、そのために朝敵とされた会津藩主・松平容保。孝明天皇の信任と、会津戦争での悲劇、そして日光での晩年までを史実に沿って解説します。

源清麿とは?四谷正宗と呼ばれた幕末の名刀工を解説

幕末の江戸で名刀を打ち、四谷正宗と称された刀工・源清麿。信濃から出て酒に溺れながらも傑作を残し、満41歳で自ら命を絶った生涯と、その刀が今なお高く評価される理由を史実に沿って解説します。

楢崎龍とは?坂本龍馬の妻おりょうの生涯と死後を解説

坂本龍馬の危機を風呂から飛び出して救い、日本初の新婚旅行をしたと伝わる妻・おりょう。龍馬の死後、支えを失って流転した後半生と、その墓までを史実に沿って解説します。

佐川官兵衛とは?鬼官兵衛と呼ばれた会津の家老の生涯と最期を解説

会津戦争で奮戦し「鬼官兵衛」と恐れられた会津藩家老・佐川官兵衛。会津の降伏後も朝敵の汚名を晴らすべく警視隊に身を投じ、西南戦争で戦死した生涯を史実に沿って解説します。

西郷従道とは?兄・隆盛と道を分けた弟の生涯を解説

西郷隆盛の弟でありながら、西南戦争では兄と袂を分かって政府に残った西郷従道。海軍大臣・元帥として明治を生きた弟の生涯と、兄との関係を史実に沿って解説します。

佐久間象山とは?「東洋道徳、西洋芸術」を説いた思想家を解説

松代藩に生まれ、西洋の科学技術の摂取を説いて勝海舟や吉田松陰を育てた佐久間象山。開国を主張して暗殺された生涯と、その傲岸な人物像を史実に沿って解説します。

佐々木只三郎とは?坂本龍馬暗殺の実行者とされる剣客を解説

京都見廻組の幹部として、坂本龍馬・中岡慎太郎暗殺の実行者とされる佐々木只三郎。「小太刀日本一」と称された剣の腕と、鳥羽伏見に散った最期、そして龍馬暗殺の真相を史実に沿って解説します。

島津斉彬とは?西郷を育て日本の近代化を先取りした薩摩の名君

薩摩藩主として反射炉や造船、写真術まで手がけ、西郷隆盛や大久保利通を育てた島津斉彬。集成館事業で日本の近代化を先取りし、志半ばで急死した名君の生涯を史実に沿って解説します。

武市半平太とは?土佐勤王党を率いて切腹した男の生涯と子孫

土佐勤王党を結成し、身分の低い郷士たちをまとめて藩を動かそうとした武市半平太。天誅を指揮し、弾圧のなかで岡田以蔵らを失い、自らは切腹に追い込まれた生涯を史実に沿って解説します。

トーマス・グラバーとは?倒幕を支えた英国商人の生涯を解説

長崎を拠点に武器を売り、薩摩・長州の志士を支えたスコットランド商人トーマス・グラバー。倒幕を助け、造船や炭鉱で近代日本の産業に関わった生涯と、坂本龍馬との関係を史実に沿って解説します。

徳川家定とは?病弱と噂された13代将軍の実像を解説

篤姫の夫であり、将軍継嗣問題の渦中にあった13代将軍・徳川家定。病弱・暗愚と噂されたその人物像の実際と、井伊直弼を大老に据えた治世、そして短い生涯を史実に沿って解説します。

山県有朋とは?日本陸軍を作り上げた元老の生涯と評価を解説

松下村塾に学び、奇兵隊で頭角をあらわし、徴兵制と近代陸軍を築いた山県有朋。二度の首相と長い元老としての支配、そして今日まで分かれるその評価を史実に沿って解説します。

横井小楠とは?福井藩を動かした思想家の生涯と暗殺を解説

熊本に生まれ、福井藩の改革を導き、勝海舟や坂本龍馬に影響を与えた思想家・横井小楠。開国と公議の思想、そして明治初年に暗殺された最期までを史実に沿って解説します。

榎本武揚は何をした人?なぜ許されたのかを史実で解説

幕府艦隊を率いて蝦夷地へ渡り、五稜郭で新政府軍と戦った榎本武揚。降伏後に死罪を免れ、明治政府で大臣まで務めた理由を、その生涯とともに史実に沿って解説します。

アーネスト・サトウとは?幕末を見た英国外交官の生涯と子孫

19歳で来日し、日本語を武器に幕末外交の中心に立ったイギリス人アーネスト・サトウ。『英国策論』が日本の政局に与えた影響と、日本人妻との間に生まれた子孫までを史実に沿って解説します。

五代友厚とは?大阪経済を作った薩摩藩士の生涯をわかりやすく解説

薩摩から密航して英国を見た五代友厚は、維新後の大阪で商工会議所と株式取引所を作り、経済都市の骨格を築きました。その生涯と、晩年の汚名までを史実に沿って解説します。

原田左之助とは?新選組十番隊組長の槍と腹の傷、最期を解説

中間から身を起こし、槍を得物として新選組十番隊組長となった原田左之助。腹の傷にまつわる逸話、上野で果てたとされる最期、そして生存説の真偽を史実に沿って解説します。

平賀源内とは?エレキテルと土用の丑の日、その最期を解説

本草学者であり戯作者であり発明家でもあった平賀源内。エレキテルの復元、土用の丑の日の伝説、そして殺傷事件を起こして獄死した最期までを史実に沿って解説します。

伊能忠敬とは?なぜ地図を作ったのか、歩いた距離と生涯を解説

50歳を過ぎてから天文学を学び、17年かけて日本全国を測量した伊能忠敬。地図作りの本当の目的、歩いた距離、そして完成を見ずに世を去った最期までを史実に沿って解説します。

井上源三郎とは?新選組六番隊組長の生涯と日野の資料館

日野の千人同心の家に生まれ、試衛館以来の同志として新選組六番隊組長を務めた井上源三郎。鳥羽伏見で戦死するまでの生涯と、子孫が守る日野の資料館を史実に沿って解説します。

板垣退助とは?百円札の肖像と「自由は死せず」の真相を解説

戊辰戦争を戦った土佐藩士から自由民権運動の指導者へ。百円札の肖像として知られる板垣退助の生涯と、「板垣死すとも自由は死せず」という言葉の実際を史実に沿って解説します。

伊藤博文とは?初代総理大臣の生涯・家系・憲法づくりを解説

農民の子に生まれ、松下村塾に学び、初代内閣総理大臣となった伊藤博文。大日本帝国憲法の起草を主導し、ハルビンで凶弾に倒れるまでの生涯と家系を史実に沿って解説します。

十返舎一九の読み方は?膝栗毛で日本初の職業作家になった生涯

「じっぺんしゃいっく」と読みます。『東海道中膝栗毛』を大当たりさせ、筆一本で生計を立てた最初期の作家となった十返舎一九。その生涯と、死をめぐる伝説までを史実に沿って解説します。

ジョン万次郎とは?漂流からアメリカへ渡った土佐の漁師の生涯

14歳で漂流し、アメリカの捕鯨船に救われて10年を海外で過ごしたジョン万次郎。帰国後は幕府に仕え、英語と航海術で開国期の日本を支えました。その生涯と子孫を史実に沿って解説します。

葛飾北斎とは?有名な絵・名言・生涯をわかりやすく解説

「神奈川沖浪裏」で世界に知られる葛飾北斎。90年の生涯で号を変え続け、90歳で「あと少し生きられれば」と言い残した画狂の代表作と名言を、史実に沿って解説します。

桐野利秋とは?中村半次郎の名で恐れられた男の刀と最期

「人斬り半次郎」と呼ばれた中村半次郎は、明治に桐野利秋と名を改め陸軍少将となり、西南戦争で西郷とともに城山に散りました。その実像と最期を史実に沿って解説します。

黒田清隆とは?北海道開拓と妻をめぐる噂の真相を解説

榎本武揚の助命に奔走し、北海道の開拓を主導した黒田清隆。第2代内閣総理大臣の在任中に憲法が発布された一方、妻の死をめぐって流れた噂の顛末までを史実に沿って解説します。

楠本イネとは?シーボルトの娘が日本初の女性医師になるまで

シーボルトと長崎の女性の間に生まれ、産科医として明治の宮中にまで招かれた楠本イネ。父との再会、娘をめぐる過酷な経緯、そして子孫の現在までを史実に沿って解説します。

ペリーは何をした人?黒船で来航した提督の目的と死因を解説

4隻の黒船を率いて浦賀に現れ、日本の鎖国を終わらせたアメリカ海軍提督マシュー・ペリー。来航の本当の目的、浦賀と久里浜の場所、そして帰国後の最期までを史実に沿って解説します。

永倉新八とは?新選組最強と呼ばれた男の愛刀・性格・晩年

新選組二番隊組長として池田屋に斬り込み、近藤勇を諫める建白書まで出した永倉新八。最強と評される理由、愛刀、そして大正まで生きて回想を残した晩年を史実に沿って解説します。

長曽祢虎徹とは?近藤勇の愛刀で知られる江戸の刀工を解説

甲冑師から刀工へ転じ、50歳前後で刀を打ち始めたとされる長曽祢虎徹。江戸新刀の頂点とされる作風と、贋作の多さ、そして近藤勇の刀をめぐる真偽を史実に沿って解説します。

中野竹子とは?薙刀で戦い散った娘子隊の生涯と墓・子孫

会津戦争で薙刀を取って戦い、銃弾に倒れた中野竹子。娘子隊と呼ばれた女性たちの戦い、妹に託した最期、そして子孫をめぐる事実を史実に沿って解説します。

新島八重とは?会津で銃を取り同志社を支えた生涯と死因を解説

会津戦争で銃を手に鶴ヶ城に籠城し、のちに新島襄と結婚して同志社を支えた新島八重。看護婦として二つの戦争に従事した後半生と、その死因までを史実に沿って解説します。

緒方洪庵とは?適塾で幕末の人材を育てた医師の生涯と子孫

大坂に適塾を開き、福沢諭吉や大村益次郎を育てた緒方洪庵。種痘の普及とコレラとの闘い、そして江戸での急死までを史実に沿って解説します。

岡田以蔵とは?「人斬り以蔵」の実像と最期をわかりやすく解説

土佐勤王党の一員として京都で暗殺に関わり、「人斬り以蔵」と呼ばれた岡田以蔵。勝海舟を守った逸話、拷問と自白、そして27歳での処刑までを史実に沿って解説します。

沖田総司とは?愛刀・結核・妻の有無まで史実で解説

新選組一番隊組長として最強とうたわれながら、結核に倒れて25歳前後で世を去った沖田総司。愛刀「菊一文字」の真偽、妻はいたのか、最期の場所まで史実に沿って解説します。

大隈重信とは?早稲田を創り爆弾で片脚を失った生涯と名言

佐賀に生まれ、日本初の政党内閣を率い、早稲田大学を創立した大隈重信。条約改正の最中に爆弾で右脚を失いながら政治家として復活した生涯と、その言葉を史実に沿って解説します。

大村益次郎とは?村医者の子が日本陸軍を作るまでの生涯を解説

村医者の子として生まれ、蘭学から兵学へ進み、上野の彰義隊を一日で破った大村益次郎。日本陸軍の基礎を築きながら暗殺された生涯を史実に沿って解説します。

大山巌とは?妻・捨松との結婚と、西郷と戦った生涯を解説

西郷隆盛の従弟でありながら西南戦争では政府軍を率いた大山巌。会津藩家老の娘でアメリカ留学帰りの山川捨松との結婚は、当時の日本を騒がせました。その生涯を史実に沿って解説します。

西郷頼母とは?一族21人の自刃はなぜ起きたのかを解説

京都守護職就任に反対して藩主と対立し、会津戦争では自邸で一族21人が命を絶った会津藩家老・西郷頼母。集団自決が起きた理由と、生き延びた後の生涯を史実に沿って解説します。

斎藤一とは?新選組三番隊組長の生涯と妻・愛刀を解説

新選組三番隊組長として京都に立ち、会津が落ちる最後まで残った斎藤一。藤田五郎と名を改めて明治を生き、警視官として西南戦争に従軍しました。その生涯と妻・時尾、愛刀の伝承を史実に沿って解説します。

芹沢鴨とは?新選組の初期局長の性格・流派・粛清をわかりやすく解説

新選組の前身で近藤勇と並ぶ筆頭格でありながら、隊内で暗殺された芹沢鴨。乱暴者として語られるその性格と神道無念流の腕、そして粛清に至った経緯を史実に沿って解説します。

副島種臣とは?外務卿として苦力を救い、書を残した生涯

佐賀に生まれ、明治政府の外務卿としてマリア・ルス号事件で清国人労働者を解放した副島種臣。書家「蒼海」としても知られるその生涯を史実に沿って解説します。

杉田玄白とは?解体新書と蘭学を切り開いた生涯をわかりやすく解説

刑場の腑分けで西洋医学書の正確さに衝撃を受け、辞書もないまま『解体新書』を訳し上げた杉田玄白。蘭学の出発点となったその仕事と、晩年に明かした翻訳の実情を解説します。

高野長英とは?脱獄して6年逃げた蘭学者の生涯を解説

シーボルトに学び、幕府の対外政策を批判して終身刑となった高野長英。牢を脱して6年間逃亡し、その間も兵書を訳し続けた生涯と最期を史実に沿って解説します。

藤堂平助とは?新選組を離れ油小路で討たれた「魁先生」を解説

池田屋に最初に斬り込み、のちに新選組を離れて御陵衛士に加わった藤堂平助。「魁先生」と呼ばれた剣客が、なぜ袂を分かち、かつての仲間に討たれたのかを史実に沿って解説します。

徳川家茂の死因は?20歳で亡くなった14代将軍の生涯と和宮

13歳で14代将軍となり、20歳で大坂城に没した徳川家茂。死因とされる脚気、和宮との夫婦仲、そして勝海舟が嘆いたその人柄を、史実に沿って解説します。

徳川家斉とは?子の数と子孫、50年続いた大御所時代を解説

在職50年という歴代最長の11代将軍・徳川家斉。50人を超えたとされる子の行方と諸大名家に広がった血筋、化政文化を生んだ大御所時代を史実に沿って解説します。

徳川斉昭とは?水戸の烈公の家系図と墓、慶喜との関係を解説

水戸藩主として藩政改革と海防を進め、尊王攘夷の思想的な源となった徳川斉昭。実子・慶喜をめぐる将軍継嗣問題、井伊直弼との対決、そして家系と墓所を史実に沿って解説します。

歌川広重とは?東海道五十三次と名所江戸百景の代表作を解説

火消同心の家に生まれ、風景画で浮世絵を塗り替えた歌川広重。東海道五十三次と名所江戸百景を中心に、その代表作と生涯、そして西洋美術に与えた影響を史実に沿って解説します。

歌川国芳とは?武者絵と猫、そして風刺画で知られる絵師を解説

水滸伝の武者絵で人気を得て、猫の戯画と風刺と読まれた絵で知られた歌川国芳。天保の改革下の作品と、月岡芳年らを育てた門下までを史実に沿って解説します。

渡辺崋山とは?画家であり家老、蛮社の獄で散った生涯を解説

国宝の肖像画を残した画家であり、田原藩の家老でもあった渡辺崋山。蛮社の獄で幕政批判を咎められ、自ら命を絶つまでの生涯を史実に沿って解説します。

山本覚馬とは?失明しながら京都を作り変えた会津人を解説

会津藩の砲術師範でありながら失明し、幽閉先で新国家の構想を書いた山本覚馬。釈放後は京都の近代化を主導し、同志社の設立を支えました。その生涯と家族を史実に沿って解説します。

山南敬助とは?新選組総長の切腹と「写真」の真偽を解説

新選組総長でありながら屯所を脱し、切腹して果てた山南敬助。脱走の理由をめぐる諸説と、本人とされる写真の真偽、そして残された記録の少なさを史実に沿って解説します。

吉村虎太郎とは?天誅組を率いた庄屋の生涯と生家・邸跡

土佐の庄屋から脱藩し、天誅組の三総裁の一人として大和で挙兵した吉村虎太郎。政変によって一夜で「賊」となり満26歳で散った生涯と、津野町に復元された生家を史実に沿って解説します。

坂本龍馬とは?何をした人か生涯と暗殺の謎をわかりやすく解説

土佐の郷士から脱藩し、海援隊を率いて薩長同盟を実現させた坂本龍馬。わずか三十一年の生涯で幕末を大きく動かした男の足跡を、史実に沿ってたどります。

西郷隆盛とは?何をした人か生涯と最期をわかりやすく解説

江戸無血開城を成し遂げ、明治維新の立役者となりながら、最後は西南戦争で政府軍と戦って世を去った西郷隆盛。その劇的な生涯を史実に沿って解説します。

吉田松陰とは?松下村塾と生涯をわかりやすく解説

わずか1年余りの塾運営で高杉晋作や伊藤博文ら維新の立役者を育てた吉田松陰。生い立ちから全国遊学、黒船密航の企て、松下村塾、安政の大獄に散るまでを、詳細な年表とともに史実に沿って解説します。

高杉晋作とは?27 歳で死んだ風雲児の生涯・死因・墓を解説

松下村塾に学び、功山寺の挙兵で長州藩を倒幕へ引き戻した高杉晋作。二十七年の生涯、死因となった肺結核、下関の墓とゆかりの地までを史実に沿って解説します。

木戸孝允(桂小五郎)とは?維新の三傑の生涯をわかりやすく解説

桂小五郎の名で知られ、薩長同盟を長州側で支え、維新後は新政府の基礎を築いた木戸孝允。「逃げの小五郎」と呼ばれた知略の人の生涯を史実に沿って解説します。

大久保利通とは?功績と子孫をわかりやすく解説

西郷隆盛・木戸孝允と並ぶ維新の三傑のひとり、大久保利通。冷静沈着な政治手腕で廃藩置県や殖産興業を推し進め、明治国家の骨格を築いた生涯を史実に沿って解説します。

勝海舟とは?江戸無血開城を成した生涯をわかりやすく解説

咸臨丸で太平洋を渡り、海軍の育成に尽くした幕臣・勝海舟。西郷隆盛との会談で江戸無血開城を成し遂げ、百万都市を戦火から救った生涯を史実に沿って解説します。

土方歳三とは?鬼の副長と呼ばれた生涯と墓をわかりやすく解説

新選組の副長として隊を厳しく統率し、戊辰戦争では旧幕府軍とともに北へ転戦、箱館で戦死した土方歳三。武士の世の終わりを駆け抜けた生涯を史実に沿って解説します。

近藤勇とは?新選組局長の生涯と墓をわかりやすく解説

多摩の道場主から身を起こし、新選組の局長として京都の治安維持にあたった近藤勇。池田屋事件で名を轟かせ、戊辰戦争に敗れて散った生涯を史実に沿って解説します。

徳川慶喜とは?最後の将軍の生涯と墓をわかりやすく解説

江戸幕府十五代将軍として大政奉還を断行し、武家政権に幕を引いた徳川慶喜。鳥羽伏見の戦いののち恭順し、長い余生を送った最後の将軍の生涯を史実に沿って解説します。

井伊直弼とは?安政の大獄となぜ殺されたのかを解説

大老として日米修好通商条約に調印し、反対派を弾圧した安政の大獄を主導した井伊直弼。強権で開国を進め、桜田門外の変に倒れた生涯を史実に沿って解説します。

岩倉具視とは?公家から維新を主導した生涯をわかりやすく解説

公家でありながら倒幕を画策し、王政復古を実現させた岩倉具視。維新後は使節団を率いて欧米を視察し、新国家の方向を定めた立役者の生涯を史実に沿って解説します。

中岡慎太郎とは?何をした人か死因と生家をわかりやすく解説

坂本龍馬とともに薩長同盟の成立に奔走し、陸援隊を率いた土佐の志士・中岡慎太郎。近江屋で龍馬と運命をともにした、その短くも濃密な生涯を史実に沿って解説します。

福沢諭吉とは?学問のすゝめと生涯をわかりやすく解説

適塾で蘭学を学び、欧米を見聞して慶應義塾を開いた福沢諭吉。『学問のすゝめ』で広く人々を啓蒙し、文明開化を導いた思想家・教育者の生涯を史実に沿って解説します。