井伊直弼 — 開国を断行し、桜田門外に倒れた大老

開国へと突き進む幕府の舵を、強い意志で握った人物がいた。大老・井伊直弼である。その断固たる手法は時代を前へ進めた一方で、激しい反発を招き、彼自身を悲劇的な最期へと導いた。
目次
大老への就任
井伊直弼は文化十二年(一八一五年)、彦根藩主の家に生まれ、のちに藩主となった。黒船来航で揺れる幕政のなか、彼は幕府の最高職である大老に就任する。
混乱した政局を収めるため、井伊は強力な指導力を発揮しようとした。だがその強硬な姿勢は、やがて深刻な対立を生んでいく。
通商条約の調印
大老となった井伊が下した重大な決断が、日米修好通商条約への調印である。一八五八年、彼は朝廷の許可を得ないまま、この条約を結ぶことに踏み切った。
開国そのものは避けがたい流れだったとはいえ、朝廷の許しを待たずに進めたことは、尊王を重んじる人々の激しい怒りを買った。
安政の大獄
反対の声が高まるなか、井伊は弾圧によってこれを抑え込もうとする。世にいう安政の大獄である。
多くの志士や大名が処罰され、長州の吉田松陰もこの弾圧によって命を落とした。強権による締めつけは、しかし反発をいっそう激しくするばかりだった。
桜田門外の変
一八六〇年、井伊直弼は江戸城の桜田門外で、彼の政治に憤る者たちに襲撃され、命を落とす。桜田門外の変である。
幕府の最高権力者が白昼に討たれたこの事件は、幕府の権威が大きく揺らいでいることを天下に示した。井伊の死は、幕末の動乱をいっそう加速させる転機となった。
同じ時代を生きた人々は、幕末の偉人の各記事でたどれます。
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