高杉晋作 — 奇兵隊を率い、長州を倒幕へ導いた風雲児

長州藩を倒幕へと大きく傾けた立役者、高杉晋作。その生涯はわずか二十七年だったが、既成の枠組みを次々と打ち破る奔放さと行動力で、激動の幕末を駆け抜けた。
目次
松下村塾の俊英
高杉晋作は天保十年(一八三九年)、長州藩士の家に生まれた。吉田松陰の松下村塾に学び、久坂玄瑞とともに塾の双璧と称された。松陰は晋作の非凡な才を見抜きつつ、その奔放さを案じてもいたと伝えられる。
奇兵隊の創設
長州藩は外国との衝突で攘夷の限界を思い知らされ、軍制の立て直しを迫られていた。そこで晋作が編み出したのが、奇兵隊である。
奇兵隊は、武士だけでなく農民や町人をも兵として受け入れた点に最大の特色があった。身分にとらわれず実力で軍を組むという発想は、当時の常識を大きく覆すものだった。この新しい軍は、後の長州の戦いで大きな力を発揮していく。
功山寺での挙兵
藩内で保守派が勢いを増し、倒幕の動きが押し戻されようとしたとき、晋作は劣勢をものともせず挙兵に踏み切る。功山寺での決起である。
わずかな手勢から始まったこの動きは、やがて藩論を再び倒幕へと引き戻すことに成功した。窮地で起死回生をはかる晋作の真骨頂が、ここに表れている。
早すぎる死
長州が薩長同盟を背景に倒幕へと突き進むなか、晋作は肺の病に倒れた。一八六七年、維新の到来を目前にして下関で世を去る。享年二十七。
新時代の幕開けを見ることはかなわなかったが、彼が遺した「身分を超えて力を結集する」という発想は、近代日本の軍と社会へと受け継がれていった。
長州の同志たちの歩みは、幕末の偉人の一覧からどうぞ。
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