幕末の文化

江戸時代の平均身長は?低かった理由をわかりやすく解説

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江戸時代の平均身長は?低かった理由をわかりやすく解説
「東海道五十三次細見図会 日本橋」歌川広重 / 出典: Wikimedia Commons PD-old

現代の日本人男性の平均身長は約171センチメートルです。では、江戸時代の人々はどれくらいだったのでしょうか。答えは、多くの人が思うよりずっと低いものでした。

目次

江戸時代の平均身長は何センチだったのか

出土した人骨の計測から、次の水準が推定されています。

区分男性女性
江戸時代約155〜158cm約143〜146cm
現代(2020年代)約171cm約158cm
約13〜16cm低い約12〜15cm低い

男性でおよそ155センチ。現代の中学2年生ほどの平均にあたります。

江戸時代の平均身長は過去2000年で最も低かった

驚かされるのは、江戸時代が日本史上もっとも身長が低い時期だったという点です。人骨の研究からは、次のような推移が読み取れています。

時代男性のおよその平均身長
縄文時代約158cm
古墳時代約163cm
鎌倉・室町時代約159cm
江戸時代約155cm
明治時代約157cm
現代約171cm

古墳時代から江戸時代にかけて、日本人は8センチほど縮んでいます。 単純に「昔の人は小さかった」わけではなく、江戸時代がとくに低かったのです。

江戸時代の平均身長が低かった理由

もっとも有力な説明は、動物性たんぱく質の不足です。

肉食が事実上禁じられていた

仏教の影響と幕府の方針により、江戸時代の日本では獣肉を食べる習慣がほとんどありませんでした。牛や豚はもちろん、乳製品もほぼ口に入りません。骨の成長に必要なたんぱく質とカルシウムが慢性的に不足していたと考えられます。

古墳時代の人々のほうが背が高かったのは、狩猟による肉食の比重がまだ残っていたためとみられています。

米中心の食生活

江戸の庶民の食事は、白米に味噌汁と漬物という組み合わせが基本でした。カロリーは足りていても、栄養は偏ります。

とくに江戸の町では白米を大量に食べる習慣が広まり、ビタミンB1の不足による脚気が流行しました。「江戸わずらい」と呼ばれたこの病は、地方へ帰ると治ることから、江戸特有の食生活が原因だと当時から気づかれていたほどです。

人口密度と衛生環境

百万都市となった江戸では、人口の集中により感染症が広がりやすい環境がありました。幼少期に病気を繰り返すことは、成長の妨げになります。

幕末の有名人の身長は何センチだったのか

記録や遺品から推定されている身長を並べると、当時の感覚がつかめます。

人物推定身長備考
坂本龍馬約174cm当時としては相当な長身
西郷隆盛約178cm体重も100kg近かったと伝わる
近藤勇約168cm平均を上回る
土方歳三約167cm同上
勝海舟約156cmほぼ平均どおり
高杉晋作約160cmやや高い

平均155センチの世界で174センチの龍馬がどれほど目立ったかは、想像に難くありません。西郷隆盛にいたっては、当時の人から見れば巨人のような体格でした。

ただし、これらの数字は着物の寸法や伝聞から推定されたものが多く、確実な実測記録ではない点には注意が必要です。

明治以降に身長が伸びた理由

明治になると、平均身長は上昇に転じます。理由は江戸時代の裏返しです。

  • 肉食の解禁……政府が率先して洋食を奨励し、牛鍋などが広まりました
  • 乳製品の普及……牛乳やバターが食生活に入ってきます
  • 栄養学の導入……脚気の原因究明を含め、食と健康の関係が科学的に扱われるようになりました

日本人の身長が本格的に伸びるのは戦後で、学校給食の普及が大きな役割を果たしました。1950年代から1990年代にかけての約40年で、男性の平均身長は10センチ以上伸びています。

よくある質問

江戸時代の平均身長は何センチですか。 男性が約155〜158cm、女性が約143〜146cmと推定されています。

なぜ江戸時代は身長が低かったのですか。 肉食がほとんど行われず、動物性たんぱく質とカルシウムが不足していたことが最大の理由と考えられています。米中心の偏った食生活や、都市の衛生環境も影響しました。

江戸時代が日本史上いちばん低いのですか。 はい。縄文・古墳・鎌倉といった各時代と比べても、江戸時代がもっとも低い水準でした。

坂本龍馬の身長はどれくらいですか。 約174cmと推定されています。当時の平均より20cm近く高く、非常な長身でした。

江戸の食生活については江戸時代の食事、暮らしを支えた経済は江戸時代の1両は今のいくらの記事でどうぞ。

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