幕末偉人診断
あなたが似ている幕末の偉人は
岡田以蔵
1838 — 1865
持ち味は果断
あなたは迷っている時間が惜しいので、材料が揃う前に動き出します。人が考えているあいだに一つ目の形ができているため、話が具体的になるのが早くなります。ただ、早いぶん、引き返す回数も人より多くなります。やり直しても痛まない範囲から出すようにすると、速さがそのまま持ち味になります。
胆力もあわせ持つ
胆力もあわせ持っているので、言いにくいことを人より先に口にできます。誰も切り出さないまま止まっていた話を、あなたの一言が動かしてきたはずです。そのぶん、いったん言い切ってしまうと引っこめにくくなります。前と違うことを言ってもいいと言ってくれる相手が近くにいると、身動きが取りやすくなります。
知略は不得手
組み立ててから動くのは、あなたのやり方ではありません。やりながら考えるほうが速く、実際それで間に合わせてきました。そのかわり、同じところで二度つまずいても気づきにくく、回数のわりに慣れが積み上がりません。終わった日に一行だけ書き残しておくと、次の自分がその分だけ楽になります。
岡田以蔵に重なるところ
岡田以蔵は京の闇で刃を振るい、恐れられました。捕らえられた後は拷問に耐えきれず、27歳で処刑されています。あなたも、頼まれた役目を体で果たす人です。理由を問う前に、まず引き受けます。ただ、引き受けるだけの人は責任だけを押しつけられます。動く前に、誰の指図で何のためかを一度確かめてください。
あなたの持ち味
- ・人より先に形にできる
- ・誰も引き受けない役を引き受けられる
気をつけたい場面
- ・早く出しすぎて引き返す
- ・決まるまで動けず先を越される
あなたに近い人
大石鍬次郎
おおいし くわじろう
胆力
新選組隊士伊東甲子太郎を斬り、龍馬暗殺の嫌疑で拷問を受けて斬首された。人斬りの異名がどこまで実像かは怪しい。
1838 — 1870◆076 / 153藤堂平助
とうどう へいすけ
果断
魁先生新選組 → 御陵衛士新選組 八番隊組長池田屋へ真っ先に斬り込んだ若い剣客。のちに袂を分かって御陵衛士に加わり、かつての仲間に討たれた。
1844 — 1867◆061 / 153谷万太郎
たに まんたろう
胆力
新選組大坂屯所 長ぜんざい屋事件で大利鼎吉を討った腕利き。維新後は道場経営に失敗し、用心棒で余生を送った。
1835 — 1886●074 / 153富山弥兵衛
とみやま やへい
果断
新選組 → 御陵衛士御陵衛士薩摩藩士の子。間者の嫌疑を取りなされて入隊し、御陵衛士として近藤勇を襲い、越後で捕らえられた。
1843 — 1868●104 / 153平山五郎
ひらやま ごろう
胆力
壬生浪士組副長助勤花火の事故で左目を失いながら神道無念流を遣った水戸派の幹部。芹沢鴨と同じ夜に八木邸で斬られた。
1829 — 1863●091 / 153原田左之助
はらだ さのすけ
胆力
新選組新選組 十番隊組長中間から身を起こし、槍を得物として十番隊を率いた。腹の傷の逸話と、生存説がいまも語られる。
1840 — 1868◆060 / 153
あなたと対照的な人
鍋島直正
なべしま なおまさ
知略
肥前の妖怪佐賀藩佐賀藩主破綻寸前の藩を立て直し、日本で最初の実用反射炉と国産蒸気船を作らせた。技術で藩を変えた閑叟。
1815 — 1871★115 / 153島津斉彬
しまづ なりあきら
度量
薩摩藩薩摩藩主反射炉も造船も写真術も手がけ、薩摩を一足飛びに近代へ運んだ名君。西郷と大久保を見出して急死した。
1809 — 1858★017 / 153大久保利通
おおくぼ としみち
度量
薩摩藩維新の三傑・内務卿為政清明
座右の銘
情を切り捨てて国の形を作った実務家。廃藩置県と殖産興業を押し通し、紀尾井坂で斬られて生を終えた。
1830 — 1878★★016 / 153岩倉具視
いわくら ともみ
度量
公家右大臣・岩倉使節団 全権公家でありながら倒幕を画策し、王政復古を実現させた。維新後は使節団を率いて欧米の実物を見て回る。
1825 — 1883★★122 / 153緒方洪庵
おがた こうあん
知略
適塾蘭方医・適塾 主宰大坂に適塾を開き、福沢諭吉や大村益次郎を育てた。種痘を広め、コレラと生涯をかけて戦った医者。
1810 — 1863★132 / 153副島種臣
そえじま たねおみ
知略
佐賀藩外務卿マリア・ルス号事件で清国人労働者を解き放った外務卿。蒼海と号した書家としても名を残している。
1828 — 1905●118 / 153
岡田以蔵が実際に何をした人か
京の闇で刃を振るい、恐れられた郷士。捕らえられて拷問に耐えきれず、二十七歳で処刑された。
※ 人物の姿は、浮世絵の表現をもとにした創作です。8つの軸の数値も診断用の見立てです。実在した人物の能力や、史実上の評価を示すものではありません。


