幕末偉人診断
あなたが似ている幕末の偉人は
井上源三郎
1829 — 1868
持ち味は辛抱
成果が出ない時期になっても、あなたは手を離しません。周りが一人ずつ降りていくなかに残るので、時間のかかる仕事は自然とあなたのところへ集まります。ただ、粘れるぶん、やめたほうがいいものまで抱え続けます。始めるときに、どうなったら降りるかを決めておくと、粘りが消耗に変わりません。
胆力もあわせ持つ
胆力もあわせ持っているので、言いにくいことを人より先に口にできます。誰も切り出さないまま止まっていた話を、あなたの一言が動かしてきたはずです。そのぶん、いったん言い切ってしまうと引っこめにくくなります。前と違うことを言ってもいいと言ってくれる相手が近くにいると、身動きが取りやすくなります。
知略は不得手
組み立ててから動くのは、あなたのやり方ではありません。やりながら考えるほうが速く、実際それで間に合わせてきました。そのかわり、同じところで二度つまずいても気づきにくく、回数のわりに慣れが積み上がりません。終わった日に一行だけ書き残しておくと、次の自分がその分だけ楽になります。
井上源三郎に重なるところ
井上源三郎は日野の千人同心の家に生まれ、試衛館の頃からの同志として隊を支えました。派手さはないまま、鳥羽伏見で戦死しています。あなたも、静かに持ち場を守る人です。手柄を取りに行かない代わりに、抜けません。ただ、いて当たり前の人は感謝されにくいものです。やったことは自分で数えておいてください。
あなたの持ち味
- ・時間のかかる仕事を任せられる
- ・誰も引き受けない役を引き受けられる
気をつけたい場面
- ・やめどきを逃して抱え続ける
- ・決まるまで動けず先を越される
あなたに近い人
来島又兵衛
きじま またべえ
胆力
長州藩遊撃隊 総督高杉の諫めを振り切って京へ攻め上った長州の猛将。蛤御門に迫ったところを狙撃され、四十七歳で自刃。
1817 — 1864◆006 / 153佐川官兵衛
さがわ かんべえ
胆力
鬼官兵衛会津藩会津藩 家老会津戦争で鬼と恐れられた家老。降伏後も朝敵の汚名を晴らすべく警視隊に入り、西南戦争で戦死した。
1831 — 1877◆107 / 153横倉甚五郎
よこくら じんごろう
胆力
新選組隊士多摩から加わり箱館まで戦った。降伏後に龍馬・伊東暗殺の嫌疑で東京へ送られ、獄中で死んでいる。
1834 — 1870●085 / 153松原忠司
まつばら ちゅうじ
胆力
今弁慶新選組四番隊組長・柔術師範坊主頭に大薙刀という異様な出で立ちで今弁慶と呼ばれた。温厚な人柄で慕われ、死因は今も定まらない。
? — 1865◆072 / 153近藤勇
こんどう いさみ
胆力
新選組新選組 局長孤軍援絶えて俘囚となる
辞世の漢詩より
多摩の農家に生まれ、剣一本で京の治安を預かる立場まで昇った。池田屋に斬り込み、板橋で首を落とされた。
1834 — 1868◆055 / 153原田左之助
はらだ さのすけ
胆力
新選組新選組 十番隊組長中間から身を起こし、槍を得物として十番隊を率いた。腹の傷の逸話と、生存説がいまも語られる。
1840 — 1868◆060 / 153
あなたと対照的な人
山田顕義
やまだ あきよし
果断
長州藩初代 司法大臣松下村塾の最年少級から戊辰を転戦し、のちに民法と商法を編んだ。日本大学と國學院大學の礎も築いた。
1844 — 1892◆013 / 153アーネスト・サトウ
あーねすと さとう
知略
イギリス 公使館通訳官・のち駐日公使十九歳で来日し、日本語を武器に幕末外交の中心に立った。『英国策論』は日本の政局そのものを動かした。
1843 — 1929★152 / 153小松帯刀
こまつ たてわき
度量
薩摩藩薩摩藩 家老二十代で家老となり、西郷と大久保を使う立場から薩長同盟と大政奉還を進めた。維新三年目に病で倒れる。
1835 — 1870★019 / 153五代友厚
ごだい ともあつ
度量
薩摩藩大阪商法会議所 初代会頭密航して英国を見た男が、維新後の大阪に商工会議所と株式取引所を据えた。経済都市の骨格を引いた人。
1836 — 1885◆020 / 153福沢諭吉
ふくざわ ゆきち
知略
中津藩 → 慶應義塾慶應義塾 創立天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云えり
『学問のすゝめ』
適塾で蘭学を学び、欧米を自分の目で見て慶應義塾を開いた。筆一本で人々の頭の中身を作り替えた人。
1835 — 1901★★131 / 153由利公正
ゆり きみまさ
知略
越前福井藩新政府 参与 (財政)藩札と生糸で福井の財政を立て直し、龍馬に見込まれて新政府の金庫を預かった。銀座煉瓦街も手がける。
1829 — 1909●114 / 153
井上源三郎が実際に何をした人か
日野の千人同心の家に生まれ、試衛館以来の同志として隊を支えた実直な組長。鳥羽伏見に戦死した。
※ 人物の姿は、浮世絵の表現をもとにした創作です。8つの軸の数値も診断用の見立てです。実在した人物の能力や、史実上の評価を示すものではありません。


