幕末の文化

五稜郭とは?なぜ星形で誰が作ったのかをわかりやすく解説

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五稜郭とは?なぜ星形で誰が作ったのかをわかりやすく解説
五稜郭の開城を描いた錦絵(早川松山・1877年) / 出典: Wikimedia Commons PD-old

上空から見ると、五つの角を持つ星の形をした城跡。五稜郭です。日本の城の常識からかけ離れたこの姿には、幕末という時代そのものが刻まれています。

目次

五稜郭とは

五稜郭とは、幕末に江戸幕府が蝦夷地(現在の北海道)の箱館に築いた、ヨーロッパ式の星形の要塞です。

項目内容
所在地北海道函館市(当時の箱館)
着工・完成1857年着工、1864年完成
設計者武田斐三郎(蘭学者)
築いた主体江戸幕府
目的箱館奉行所を移し、開港した箱館を防衛するため
現在国の特別史跡・五稜郭公園

日本にある星形の城郭はごく少なく、五稜郭はその代表格です。日本の伝統的な城とはまったく別の思想でつくられた建造物といえます。

五稜郭は誰が作ったのか

設計したのは、武田斐三郎(たけだ あやさぶろう)です。伊予大洲の出身で、緒方洪庵の適塾や江戸で蘭学を修めた学者でした。

武田は箱館奉行所の諸術調所で教授を務め、航海術・造船・砲術など西洋の実学を教えていました。彼は自ら軍艦の建造にも関わっており、五稜郭の設計はその西洋知識の集大成というべきものです。

築造の主体は江戸幕府でした。黒船来航によって箱館が開港地となったことが、直接のきっかけです。外国船が出入りする港を、従来の陣屋のような施設で守ることはできません。そこで幕府は、箱館奉行所を内陸へ移し、その周囲を近代的な要塞で固めることにしました。

1857年に着工し、完成は1864年。7年を要した大工事でした。

五稜郭はなぜ星型なのか

答えは「死角をなくすため」です。

伝統的な日本の城は、石垣を高く積み上げて敵の侵入を防ぎました。刀や槍、弓が主な武器であった時代には、これが有効だったのです。

しかし大砲が主役になると、話が変わります。高い石垣は砲弾の格好の的になり、崩されてしまいます。そこでヨーロッパで発達したのが、稜堡式(りょうほしき)と呼ばれる築城法でした。

星形の突き出た部分を稜堡といいます。この形には二つの利点があります。

  • 死角がなくなる……壁が直線的だと、真下に取りついた敵を撃てない範囲が生まれます。突出部を設けると、隣の稜堡から壁面に沿って射撃でき、城壁のどこにも死角がなくなります
  • 十字砲火を浴びせられる……攻め寄せる敵は、複数の稜堡から同時に側面攻撃を受けることになります

つまり星形は見た目の意匠ではなく、「どの方向から攻められても撃ち返せる」という機能から必然的に導かれた形なのです。

ただし、皮肉な事実があります。五稜郭が完成したときには、この設計はすでに時代遅れになりつつありました。 稜堡式が有効だったのは大砲の射程が短かった時代であり、幕末には遠距離から城内へ直接砲弾を撃ち込める大砲が実用化されていたためです。さらに、当初の計画より規模が縮小されたことで防御力も削がれました。実際、箱館戦争では城外の高地から砲撃を受け、要塞としての力を十分には発揮できていません。

五稜郭はいつできたのか

完成は1864年です。しかし五稜郭が歴史の表舞台に立つのは、そのわずか5年後でした。

1868年、戊辰戦争で敗色濃厚となった旧幕府軍のうち、降伏を拒んだ榎本武揚が旧幕府艦隊を率いて蝦夷地へ渡り、五稜郭を占拠します。新選組副長の土方歳三もこれに加わっていました。

1869年5月、新政府軍が総攻撃を開始します。土方歳三は一本木関門付近で銃弾に倒れ、6月27日に五稜郭は開城しました。幕府が自らの手で築いた要塞が、幕府側の最後の拠点となり、そこで武家政権が終わったわけです。

その後、箱館奉行所の建物は明治初期に解体されました。現在建っている奉行所は、2010年に復元されたものです。

五稜郭の見どころ

現在の五稜郭は特別史跡・五稜郭公園として整備され、函館を代表する観光地となっています。

五稜郭タワー……高さ約107メートルの展望塔です。星形の全体を上から見られるのはここだけなので、五稜郭を訪れるなら外せません。展望台には箱館戦争の解説展示や土方歳三の像があります。

箱館奉行所……2010年に復元された建物です。当時の資料と工法に基づいて再現されており、内部を見学できます。

……五稜郭は北海道有数の桜の名所で、堀に沿って約1600本のソメイヨシノが植えられています。見頃は例年5月上旬で、本州よりかなり遅い時期です。堀を桜が縁取る星形の眺めは、タワーからの春の名物になっています。

堀と土塁……星形の輪郭をなす水堀と石垣です。実際に歩いて稜堡の突出部に立つと、設計の意図が体感できます。

よくある質問

五稜郭はなぜ星型なのですか。 死角をなくし、複数の方向から十字砲火を浴びせるためです。大砲の時代に対応したヨーロッパの築城法(稜堡式)に基づいています。

五稜郭は誰が作ったのですか。 蘭学者の武田斐三郎が設計し、江戸幕府が築造しました。

五稜郭はいつできたのですか。 1857年に着工し、1864年に完成しました。

五稜郭で何があったのですか。 1868年から翌年にかけての箱館戦争で、榎本武揚らの旧幕府軍が立てこもり、新政府軍と戦いました。土方歳三はこの戦いで戦死しています。

桜の見頃はいつですか。 例年5月上旬です。約1600本のソメイヨシノが堀沿いに咲きます。

五稜郭で最期を迎えた人物は土方歳三、戦いの全体像は戊辰戦争の記事でどうぞ。

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