幕末の文化

万延小判と金の流出 — 開国がもたらした経済の混乱

約2分で読めます
万延小判と金の流出 — 開国がもたらした経済の混乱
慶長小判(東京国立博物館蔵・撮影 Daderot, CC0) / 出典: Wikimedia Commons CC0

開国は、政治や文化だけでなく、経済にも大きな衝撃を与えた。なかでも深刻だったのが、日本の金貨が大量に海外へ流れ出してしまうという問題である。

目次

金と銀の交換比率

混乱の原因は、金と銀の交換比率が、日本と海外とで大きく異なっていたことにあった。

当時の日本では、世界の相場に比べて金が割安に、銀が割高に扱われていた。この差に目をつければ、銀を持ち込んで日本の金貨に替え、それを国外で売るだけで利益が得られてしまう。横浜などの開港地を通じて、この仕組みによる金の流出が進んでいった。

流れ出す小判

こうして、日本の小判が次々と海外へ運び出されていった。国内の貴金属が失われることは、経済の土台を揺るがしかねない深刻な事態だった。

幕府は事態を食い止めようとしたが、内外の相場の差という根本の問題を前に、対応は後手に回りがちだった。

万延の改鋳

そこで幕府が打った手が、貨幣の作り直し——万延の改鋳である。一八六〇年、それまでより金の量を抑えた小判(万延小判)が新たに鋳造された。

これによって金の流出はある程度抑えられた。しかし、貨幣に含まれる金が減ったことは、貨幣の価値そのものを下げることにつながる。結果として物価の上昇を招き、人々の暮らしを圧迫した。

暮らしを襲う物価高

開国にともなう貿易の拡大や貨幣の混乱は、急激な物価高となって庶民に降りかかった。生活の苦しさは、世の中への不満を高めていく。

ええじゃないかの熱狂のような民衆の動きの背景にも、こうした経済の動揺があったと考えられている。開国がもたらした変化は、人々の財布のなかにまで及んでいたのである。


開国期の社会の変化は、幕末の文化の各記事で掘り下げています。

あわせて読みたい