幕末偉人診断
あなたが似ている幕末の偉人は
松平容保
1836 — 1893
持ち味は度量
あなたのところには、なぜか人の相談が集まってきます。自分が一番になるより場が回るほうを先に考えるので、頼まれると断りません。おかげで、毛色の違う人がひとつにまとまります。ただ、引き受けた分だけ、自分の仕事が最後に残ります。今週は何を引き受けないかを先に決めておくと、あなたの手元も回ります。
大義もあわせ持つ
大義もあわせ持っているので、迷ったときに戻る場所がはっきりしています。判断のぶれが小さく、周りも先を読めます。そのかわり、その場所を口に出す機会が少ないので、結果だけを見た人には気まぐれに映ります。決めた理由を一言添えるだけで、筋が通っていることが伝わります。
果断は不得手
速さで勝負する場所に、あなたは立っていません。決める前に確かめたいことが多く、その慎重さで大きな事故を防いできました。そのかわり、決めずにいるあいだに、別の人が先に場所を取っていることがあります。いつまでに決めるかだけ先に置いておくと、慎重さが弱みになりません。
松平容保に重なるところ
松平容保は京の治安を預かり、その役目のゆえに朝敵とされました。天皇の信任を胸に抱いたまま、会津は焼かれています。あなたも、引き受けた責任から逃げない人です。損な役でも、頼まれたら断りません。ただ、状況が変われば同じ働きが罪になります。引き受けるときに、どこまでかを決めておいてください。
あなたの持ち味
- ・毛色の違う人をまとめられる
- ・言うことが変わらない
気をつけたい場面
- ・引き受けすぎて自分の仕事が残る
- ・早く出しすぎて引き返す
あなたに近い人
徳川斉昭
とくがわ なりあき
大義
水戸藩水戸藩主藩政改革と海防を進め、尊王攘夷の思想的な源となった藩主。実子・慶喜を巡って井伊直弼と激突した。
1800 — 1860★111 / 153山本覚馬
やまもと かくま
知略
会津藩会津藩 砲術師範砲術師範でありながら失明し、幽閉先で新国家の構想を書いた。釈放後は京都の近代化を主導する。
1828 — 1892◆108 / 153西郷頼母
さいごう たのも
大義
会津藩会津藩 家老京都守護職就任に反対して藩主と対立した家老。会津戦争では自邸で一族二十一人が命を絶っている。
1830 — 1903●106 / 153横井小楠
よこい しょうなん
知略
熊本藩福井藩 政治顧問開国と公議の思想を説き、勝海舟や坂本龍馬に強い影響を与えた。明治初年、京で暗殺された。
1809 — 1869★120 / 153前原一誠
まえばら いっせい
大義
長州藩参議・兵部大輔松陰が「誠実、人に過ぐ」と評した門下生。維新の功臣となりながら新政府に背き、萩の乱に散った。
1834 — 1876●011 / 153相馬主計
そうま かずえ
大義
新選組最後の隊長土方の戦死後、降伏の書状に隊長として署名し新選組の歴史を閉じた。新島に流され、その死も定かでない。
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あなたと対照的な人
阿部十郎
あべ じゅうろう
天運
新選組 → 御陵衛士御陵衛士一度脱走して戻り、御陵衛士として近藤勇を襲った。維新後は開拓使でりんごを育て、証言を残した。
1837 — 1907●103 / 153鈴木三樹三郎
すずき みきさぶろう
天運
新選組 → 御陵衛士九番隊組長伊東甲子太郎の実弟。兄の暗殺後は薩摩側で戊辰を戦い、組長経験者では最後の生き残りとなった。
1837 — 1919◆101 / 153加納鷲雄
かのう わしお
天運
新選組 → 御陵衛士御陵衛士近藤勇の襲撃に加わり、板橋の首実検では偽名を使う元上官をひと目で見分けた。維新後は札幌へ渡る。
1839 — 1902●102 / 153平間重助
ひらま じゅうすけ
天運
壬生浪士組副長助勤・勘定役芹沢と同郷の水戸派。八木邸の襲撃の夜にただ一人逃げ延び、その後の消息は確かめられていない。
1824 — ?●092 / 153近藤芳助
こんどう よしすけ
天運
新選組伍長会津まで戦い、取り調べでは隊士であることを隠して生き延びた。維新後は横浜で代言士となる。
1843 — 1922●087 / 153谷万太郎
たに まんたろう
胆力
新選組大坂屯所 長ぜんざい屋事件で大利鼎吉を討った腕利き。維新後は道場経営に失敗し、用心棒で余生を送った。
1835 — 1886●074 / 153
松平容保が実際に何をした人か
京の治安を預かり、そのために朝敵とされた藩主。孝明天皇の信任を胸に抱いたまま、会津は焼かれた。
※ 人物の姿は、浮世絵の表現をもとにした創作です。8つの軸の数値も診断用の見立てです。実在した人物の能力や、史実上の評価を示すものではありません。


