幕末偉人診断
あなたが似ている幕末の偉人は
土方歳三
1835 — 1869
持ち味は辛抱
成果が出ない時期になっても、あなたは手を離しません。周りが一人ずつ降りていくなかに残るので、時間のかかる仕事は自然とあなたのところへ集まります。ただ、粘れるぶん、やめたほうがいいものまで抱え続けます。始めるときに、どうなったら降りるかを決めておくと、粘りが消耗に変わりません。
度量もあわせ持つ
度量もあわせ持っているので、一人で抱え込みません。頼るのが下手ではなく、頼られるのも苦になりません。そのおかげで、あなたのまわりは人の出入りが多くなります。そのかわり、断る理由をひねり出すのに人より時間がかかります。理由なしで断っていい相手を何人か決めておくと、荷がずいぶん軽くなります。
知略は不得手
組み立ててから動くのは、あなたのやり方ではありません。やりながら考えるほうが速く、実際それで間に合わせてきました。そのかわり、同じところで二度つまずいても気づきにくく、回数のわりに慣れが積み上がりません。終わった日に一行だけ書き残しておくと、次の自分がその分だけ楽になります。
土方歳三に重なるところ
土方歳三は薬売りから剣客集団の副長になりました。厳しい掟で隊をまとめ、幕府が消えた後も函館まで戦い続けています。あなたも、決めた形を最後まで守る人です。嫌われる役でも、必要なら引き受けます。ただ、緩めない人は自分にも緩めません。掟を守らせる側が最初に倒れては元も子もありません。倒れる前に、休む日を先に決めておいてください。
あなたの持ち味
- ・時間のかかる仕事を任せられる
- ・毛色の違う人をまとめられる
気をつけたい場面
- ・やめどきを逃して抱え続ける
- ・決まるまで動けず先を越される
あなたに近い人
男谷信友
おだに のぶとも
練達
幕臣直心影流・講武所 剣術師範役試合を一度も断らず、勝っても一本は相手に花を持たせたと伝わる達人。竹刀の寸法を統一した人でもある。
1798 — 1864★126 / 153山岡鉄舟
やまおか てっしゅう
辛抱
幕臣幕末三舟・無刀流 開祖晴れてよし曇りてもよし富士の山
辞世と伝わる
敵軍の陣中へ単身乗り込み、西郷から慶喜の助命を引き出した。剣禅一致を説き、無刀流を開いた大兵。
1836 — 1888★043 / 153斎藤弥九郎
さいとう やくろう
胆力
練兵館神道無念流 練兵館 館主越中の農村から江戸へ出て道場を開き、桂小五郎を塾頭に据えた。長州の志士が集まる場を作った剣客。
1798 — 1871◆124 / 153島田虎之助
しまだ とらのすけ
胆力
直心影流浅草 道場主豊前中津から出て男谷信友の高弟となり、浅草に道場を開いた。勝海舟に「剣は心なり」と説いた師。
1814 — 1852◆127 / 153千葉周作
ちば しゅうさく
練達
技の千葉玄武館北辰一刀流 開祖修行年数を大幅に縮める合理的な指導法で、幕末最大の道場を築いた。剣術を理屈で教えた最初の人。
1794 — 1856★123 / 153榊原鍵吉
さかきばら けんきち
胆力
最後の剣客直心影流撃剣興行 創始廃刀令で剣術が滅びかけた明治初期、見世物にすることで剣を食える仕事に変えた。兜割りで知られる。
1830 — 1894◆128 / 153
あなたと対照的な人
徳川家定
とくがわ いえさだ
天運
徳川将軍家第十三代 征夷大将軍篤姫の夫であり、将軍継嗣問題の渦中に置かれた将軍。病弱と噂されたまま、井伊直弼を大老に据えて没す。
1824 — 1858●039 / 153徳川家慶
とくがわ いえよし
天運
徳川将軍家第十二代 征夷大将軍天保の改革を水野忠邦に委ね、阿部正弘を抜擢した将軍。黒船来航のわずか十九日後に世を去っている。
1793 — 1853●040 / 153堀田正睦
ほった まさよし
知略
幕府老中首座蘭学を奨めて佐倉を学問の地にした老中。条約の勅許を求めて上洛し、天皇に拒まれる瞬間に立ち会った。
1810 — 1864●050 / 153大村益次郎
おおむら ますじろう
知略
長州藩兵部大輔・日本陸軍の祖村医者の子が蘭学から兵学へ進み、上野の彰義隊を一日で破った。日本陸軍の骨組みを引いて暗殺される。
1824 — 1869★136 / 153徳川家茂
とくがわ いえもち
度量
徳川将軍家第十四代 征夷大将軍十三歳で将軍となり、二十歳で大坂城に没した。和宮との仲は睦まじく、勝海舟はその死を心底惜しんだ。
1846 — 1866★038 / 153河合耆三郎
かわい きさぶろう
知略
新選組勘定方富裕な米問屋の子として金を預かった隊士。実家からの金が間に合わず、切腹させられたと伝わる。
1838 — 1866●077 / 153
土方歳三が実際に何をした人か
薬売りから剣客集団の副長へ。苛烈な法度で新選組を統べ、幕府が消えたあとも函館まで戦い続けた。
※ 人物の姿は、浮世絵の表現をもとにした創作です。8つの軸の数値も診断用の見立てです。実在した人物の能力や、史実上の評価を示すものではありません。


