幕末偉人診断
あなたが似ている幕末の偉人は
井上馨
1836 — 1915
持ち味は天運
あなたは流れの変わり目に気づきます。理屈で説明する前に、今だと分かってしまいます。動くべきときに動けるので、同じ手間でも返ってくるものが大きくなります。ただ、来た波に乗るのが上手いぶん、波が来ない時期の過ごし方が雑になります。何も起きない月に何を仕込むかを決めておくと、次の波が大きくなります。
辛抱もあわせ持つ
辛抱もあわせ持っているので、決めたことを実りの見えない時期も抱えていられます。派手ではありませんが、あなたのこれまでの成果はたいていここから出ています。そのかわり、切り上げどきだけは自分では見えません。外から言ってくれる相手を一人持っておくと、抱え込みが長引きません。
大義は不得手
理想を掲げて人を動かすのは、あなたの持ち場ではありません。目の前のことを一つずつ片づけるほうが性に合っていて、実際それで積み上げてきました。そのかわり、なぜこれをやっているのかと聞かれると答えに詰まり、続ける気が細る時期が来ます。小さくていいので、自分だけの目当てを1つ置いておくと途切れません。
井上馨に重なるところ
井上馨は英国へ密航し、帰国後に刺客に斬られました。傷を畳針で縫って生き延びたと伝わります。後には外務大臣として鹿鳴館の時代を作りました。あなたも、しぶとさで場に残る人です。倒れても、翌日には席に戻っています。ただ、傷を見せないでいると、周りは平気だと思い込みます。無理をした日は、そう言っておくだけで扱いが変わります。
あなたの持ち味
- ・動くべきときに動ける
- ・時間のかかる仕事を任せられる
気をつけたい場面
- ・波が来ない時期の過ごし方が雑になる
- ・話の通じない人に見られる
あなたに近い人
トーマス・グラバー
とーます ぐらばー
天運
グラバー商会商人長崎を拠点に武器を売り、薩摩と長州の志士を支えたスコットランド商人。造船と炭鉱で近代日本にも関わる。
1838 — 1911★153 / 153後藤象二郎
ごとう しょうじろう
天運
土佐藩土佐藩 参政龍馬と手を組んで山内容堂を動かし、大政奉還の建白を出させた。武市半平太を裁いた側でもある。
1838 — 1897◆031 / 153西郷従道
さいごう つぐみち
天運
薩摩藩海軍大臣・元帥兄が城山に向かうとき、政府に残ることを選んだ弟。海軍を育て、明治を最後まで穏やかに生き抜いた。
1843 — 1902●023 / 153榎本武揚
えのもと たけあき
天運
幕臣海軍副総裁幕府艦隊を率いて蝦夷へ渡り、五稜郭で最後まで戦った。降伏後に死罪を免れ、明治政府で大臣まで務める。
1836 — 1908★047 / 153徳川慶喜
とくがわ よしのぶ
天運
徳川将軍家第十五代 征夷大将軍最後の将軍。大政奉還で自ら幕府を畳み、鳥羽伏見のあとは恭順に徹して、明治を静かに生き延びた。
1837 — 1913★★037 / 153伊藤博文
いとう ひろぶみ
天運
長州藩初代 内閣総理大臣農民の子から松下村塾を経て、憲法を起草し初代総理となった。ハルビンの駅頭で凶弾に倒れるまで走り続けた。
1841 — 1909★★008 / 153
あなたと対照的な人
相馬主計
そうま かずえ
大義
新選組最後の隊長土方の戦死後、降伏の書状に隊長として署名し新選組の歴史を閉じた。新島に流され、その死も定かでない。
? — ?★086 / 153佐野七五三之助
さの しめのすけ
大義
新選組隊士神職の家に生まれ尊皇の志で入隊した。幕臣取立に反対して移籍を願い、断られて会津藩邸内で果てる。
? — 1867●097 / 153葛山武八郎
かづらやま たけはちろう
大義
新選組隊士池田屋で働いて報奨を得ながら、局長の非行を五箇条にまとめて会津藩へ差し出し、切腹に追い込まれた。
? — 1864●078 / 153入江九一
いりえ くいち
大義
長州藩松下村塾 四天王足軽の子として生まれ、松陰の最も危うい計画に弟とともに賛同した男。禁門の変で二十七歳の生を閉じた。
1837 — 1864●005 / 153前原一誠
まえばら いっせい
大義
長州藩参議・兵部大輔松陰が「誠実、人に過ぐ」と評した門下生。維新の功臣となりながら新政府に背き、萩の乱に散った。
1834 — 1876●011 / 153源清麿
みなもと きよまろ
練達
四谷正宗江戸 四谷刀工信濃から出て幕末の江戸で名刀を打った刀工。酒に溺れながら傑作を残し、四十一歳で自ら命を絶った。
1813 — 1855★129 / 153
井上馨が実際に何をした人か
英国へ密航し、刺客に斬られた傷を畳針で縫って生き延びた。伊藤博文の盟友として鹿鳴館の時代を作る。
※ 人物の姿は、浮世絵の表現をもとにした創作です。8つの軸の数値も診断用の見立てです。実在した人物の能力や、史実上の評価を示すものではありません。


